ロザリンド (公爵に) この身をささげます、私はお父様の娘ですから。
(オーランドーに) この身をささげます、私はあなたの妻ですから。
前公爵 この目が真実を映すものなら、お前は我が娘。
オーランドー この目が真実を映すものなら、あなたは僕のロザリンド。
フィービー 目に見える姿かたちが真実なら、ああ、あたしの恋人、さようなら。
ロザリンド 私には父はおりません、あなたが父でないのなら。
私には夫はおりません、あなたが夫でないのなら。
私は女と結婚しません、あなたが相手でないのなら。


レヴィ=ストロース (Claude Lévi-Strauss 1908-2009) の構造主義は人文科学に親しむひとびとのあいだでは、一般的に、実体のような存在者より関係が先行することを主張する、いわゆる相関主義として理解されているだろうし、彼の構造主義の特徴は相関性が代数構造としてあつかわれていることにあるということもまた同様にそのようなひとびとのあいだでは知られているだろう。

それでは、レヴィ=ストロースの思想やそれから派生したものを、昨今、フランス現代思想の専門家や好事家たちに俊才あつかいされて、そして騒がせているカンタン・メイヤスー (Quentin Meillassoux 1967-) の相関主義批判によってしりぞけることができるだろうか?答えをさきどってしまえば、メイヤスーの相関主義批判は構造主義に対しては効力がない。メイヤスーがその著書『有限性の後で』で想定している相関主義にとっては、相関性にさきだつ、たとえば実体のような存在者を前提することは禁忌であって、構造主義が関係の先行性をうったえている以上、この禁忌はだれから見ても自明の事柄であるよう思えるのだが、しかし、この禁忌は構造主義には、実のところ、存在しなくて、関係に先行する存在者を受容してもなお相関主義が機能するとなれば、メイヤスーの相関主義批判は空転するほかなくなる、彼の批判はその基礎の脆弱性をつかれて失効せざるをえなくなる。

より厳密に言えば、この禁忌の不在を構造主義者さえも自覚していないものの、構造主義の設計にはこの禁忌からの解放は最初のうちから組みこまれているし、それは構造主義の先駆として見なされるソシュール (Ferdinand de Saussure 1857-1913) の言語学に由来するものではなくて、『親族の基本構造』でのレヴィ=ストロースの協同作業者であった数学者アンドレ・ヴェイユ (André Weil 1906-1998) を経由してきたもの、数学に由来するものである。それは、すなわち、ヒルベルト (David Hilbert 1862-1943) の形式主義 (公理主義) であって、形式主義は相関性にさきだつ存在者を許容するどころかそれなしでは成立不可能な相関主義であるし、この一見したところ奇妙な種類の相関主義がメイヤスーの想定を超えていることは言うまでもない(この系譜は、ヴェイユが数学の形式化におおきく寄与したブルバキという集団のひとりであり、その形式化の事業はヒルベルトの形式主義を継承するものであったという状況証拠におおきく依存した私の推理の産物にすぎないことをここで告白するものの、この推理にかえて、数学の一事例をあつかいつつ、これから私が述べる事柄、相関主義にとって関係に先行する存在者を前提することは禁忌ではないこと、を構造主義をふくむ既存の相関主義にくわえて補強する、という方針をとることにすれば、以降の議論に問題が生じることはない)。 (1)

第一に、「相関主義のダンス・ステップ」とメイヤスーがよんだもの、相関主義者がえらびがちな議論のはこび方、が彼の主要な標的であるカント (Immanuel Kant 1724-1804) の批判哲学のみならずレヴィ=ストロースの構造主義のうちにもまたあることをわれわれは確認することにする。メイヤスーによる相関主義批判の論点をあらためて明確にするためである。「相関主義のダンス・ステップ」は、たとえば、近親相姦の禁忌が発生した理由について、それに関して与えられた生物学的な解答をこばみつつ、レヴィ=ストロースが述べたつぎのことばのうちに現れている。


ヒト社会では、新しい家族の創造には二つの家族がまえもって存在することが絶対条件としてあり、この二つの家族がそれぞれ、男性、女性を供給して、その婚姻によって第三の家族が生まれ、その過程が無限に繰り返される。いいかえれば、ヒトが動物と異なる点は、人類では、まず社会が存在しなければ、家族が存在し得ない点である。家族が多元的で、血縁関係以外の関係の存在を認め、親子関係が自然に成立するには姻族関係の社会的成立過程に統合されなければならない、と認める必要がある。

自然の秩序がこのように社会に依存することをヒトがどういう理由で認めるようになったかは、おそらく永遠にわからないだろう。人類が動物の条件を脱却して現れたとき、はじめから社会組織の形態を有し、それが、のちの形態とさほど変わらないものであったかもしれないと推論することも充分に可能である。実際、近親相姦禁忌を基盤と考えなければ、初歩的な社会組織がどのようなものであったかを理解することは困難だろう。この禁忌だけが、交配と生殖の生物学的条件を組み替えらる。近親相姦の禁忌は、家族が、禁止事項と義務との人為的な網状組織に縛られてしか存続できないようにしている。自然から文化への移行、動物の条件と人間の条件の分節を把握できるのは、この点においてだけだ。

(2)


家族という実体にさきだって、「社会」がある、(群婚型社会をここでは措くとすれば、)男性と女性とが供出され結合することを可能とする、複数の家族のあいだにはりめぐらされた網状組織 (ネットワーク)がある、という主張をここで見つけることは容易であるはずだ。ひとつの家族という実体よりまえにその家族の構成要素、父となるであろう男性と母となるであろう女性、を提供するふたつの家族の関係があるにちがいない。このような考え方をメイヤスーは「相関主義のダンス・ステップ」とよぶ。──「一般的に、現代人が行う『ダンス・ステップ』とは、結ばれる項に対する関係性の優位への信念であり、相互関係を構成する力 [puissance] への信頼のことである」。 (3)

なぜメイヤスーは「ダンス・ステップ」という語をもちいたのだろうか?ダンスはふたり一組あるいはそれ以上の人数でおこなわれがちだから、と考えるのはもっともらしいし、たとえば古いハリウッド映画を好むひとびとであれば、フレッド・アステア (Fred Astaire 1899-1897) とジンジャー・ロジャース (Ginger Rogers 1911-1995) のペアという例を思いうかべて、納得するかもしれないが、しかし、ロジャースを欠いてなお、ひとりとなった以降も、アステアがすばらしいダンサーであったことは疑いようがない。アステアとロジャースのペアのみならずアステアひとりでもすばらしい踊り手であるのを示すこと、相関主義の肯定と相関性にさきだつ存在者を認めることは両立することを、ヒルベルトの形式主義を介して、あきらかにするのが私の目的である。

さておき、構造主義にとっては、おのおの異なる家族を出自とする男性と女性とが結合する場所、家族という実体にさきだつ相関性の網目、「網状組織」、は近親相姦の禁忌によって構成されているのであって、というのも、この禁忌が家族内での婚姻を許さず、息子あるいは娘の外部への供出を強いるからである (近親相姦の禁忌はヒルベルトの形式主義そしてその影響下にある現代の数学での「公理」とよく似た役割をもっている。公理は点や線といった数学的実在があらわれることになる相関性の網目のかたちを規定するものだ) 。近親相姦の禁忌を生物学的な立場から主張するのではなくて、レヴィ=ストロースのように人為的に作られた制約として見るかぎり、この禁忌によって構成された網状組織も人工の産物である。この相関性を織り成す網状組織が人為によるものであることに目をつけて、人類誕生よりまえの事柄を相関主義はどのようにして問うのか、と言うのはたやすいし、このことばに対して相関主義者の解答はすでに準備されているぐらいのことはメイヤスーも承知している。相関主義に対してメイヤスーが提示する「祖先以前性」とよぶものは、最初のうちは、人類誕生よりまえの、すなわち社会という相関性の網目の誕生よりまえの事柄を相関主義の観点から語ることは滑稽である、と指摘することによって、おこなわれているかのように見えるかもしれないものの、その内実はたんなる時間上の遡行を含意しているのではなくて、より複雑である。

レヴィ=ストロースであれば、構造主義は文化人類学である以上、人類誕生よりまえの事柄を語ることができるとは主張しないし、そして『有限性の後で』において批判的に検討されている相関主義は構造主義ではまったくなくてカントの批判哲学ならびに現象学である (構造主義が社会、すなわち相関性の網目、という人為の産物を超えての思考を禁じているように見えること、換言すると、人間の視点から逸脱しないこと、を問題視して、メイヤスーと同調しているかのような動きを見せる文化人類学の一潮流が近年では確認されるものの、その潮流については、ここでは触れない) 。とは言うものの、構造主義は一種の相関主義であるにちがいないのだから、メイヤスーによる相関主義批判からまぬがれうる安全圏にいるわけではない。相関性の網目として社会という人工的な構築物を前提している以上、構造主義と批判哲学との共通性を否定することはけしてできない。またレヴィ=ストロースが近親相姦の禁忌の理由を生物学という科学にではなく社会に、ひとびとの共同性の産物にもとめたことはメイヤスーにとっては許しがたいことである。――「祖先以前のものは、あらゆる共同性を一掃し、とりわけ、いかなる相関性によってももはや捉えることができない時間に私たちがアクセスできるのは科学によってであるということを明確に示すという利点がある」。 (4)

つけくわえると、相関主義を批判するにあたってメイヤスーが「科学」をもちだすことには理由がある。科学の位置づけが相関主義、反実在論、に傾斜した観点からなされていたことがあって、それに与する潮流が科学哲学において、一時期、優勢であったし、いまもなお相当な勢力を維持している。以下はこの相関主義的科学哲学に関する記述ではなくて、その原型のひとつとなったものの簡潔な概要である。 (5) つよい相関主義の観点から見ると、科学は宗教とひとしい身分しかえられないことになる。両者はともに一定の時代の多数のひとびとに共有された価値観や世界観の記述の集積、信念体系、であることになり、科学が現在優勢な信念体系であることは、宗教よりも合理的であるから、普遍の真理がどこかにあってその真理により合致しているから、という理由ではなくて、淘汰の結果にすぎない、そのときそのときの時代状況に応じて何らかの理由でつよい説得力をもった現実世界を説明する信念体系が、自然に、選択されただけのことである。この場合、どの信念体系が普遍の真理に適合しているのか、という問いは存在しないも同然であって、相関主義の地平のなかでは、科学が数ある信念体系のひとつとして相対化されてしまった結果、宗教と平等に、換言すれば、リベラルな態度で、あつかわれることになる。相関主義がもたらしたこの科学の優越性の失墜にメイヤスーははげしい憤りの姿勢をしめす。 (6)

メイヤスー自身はポパー (Sir Karl Raimund Popper 1902-1994) 以外の科学哲学者に触れていないし、留意しているかさえあやしいが、しかしある種の科学哲学が、上記の理由で、カントの批判哲学を先駆とする、相関主義が支配的な「現代思想」と彼がよぶものに含まれることはあきらかである。 (7)

相関主義はそれが設定した複数の信念体系が並存する相対主義的な世界観の枠組みのうちに科学を組みいれてしまっているかのように思える、他方、これに対立するメイヤスーのもくろみといえば、相関主義という哲学のうちに幽閉された科学を、とりわけ数学を救いだし、哲学から独立させることである。この救出は、メイヤスーの師であるバディウ (Alain Badiou 1937-) のことばでは、哲学のうちに縫合された数学素をふたたび哲学から切りはなす、と表現されるだろう。──しかし、数学がそのうちに哲学をすでに縫合していたとすれば、バディウはどのようにあつかっただろうか?縫合という仕方ではないにせよ、何らかの接合がある可能性はないとは言えないだろう。ヒルベルトは新カント派の環境のなかに身をおいていたし、幼いころからカントの批判哲学は彼のそばにあった。

批判哲学そして現象学は、実在そのものをわれわれが思考しうる、という主張を全面的にしりぞける思想、たとえば「もの自体」を、その実在を否定までしないにせよ、認識不可能な領域におく思想、として見なされがちであるし、メイヤスーもそうしているので、私には異論があるものの、この前提を共有しておくことにして、以降の話をすすめる (非常につよい相関主義においては、「もの自体」のようなものは、メイヤスーの観点から見ると、認識不可能だけでなくて、思考不可能であって、その実在については口をつぐむほかない)。

ある事物がひとに思考されたとして、そのとき、とらえらえたその姿はその「もの自体」ではなくて、ひとの意識にうつった現象であって、現象はそのひとが属する社会で支配的な信念体系をとおして見える事物の像である、人工的な信念体系というフィルターを経由して外的事物をながめることがひとにとっては不可避である、と相関主義は告知する。複数の人間のあいだで事物の姿がおおよそ同じものとして理解されるのは、たとえば、太陽が地球の周囲をまわっている惑星として見えるにしても、その周囲を地球がまわっている惑星として知られるのは、彼らがコペルニクス以降の天文学を含む科学という信念体系を共有しているからなのであって、となると、事物の姿はつねに「私にとって」そう知られるものだけではなくて、「われわれにとって」そう知られるものである、事物の実体とよばれるものは、実のところ、フィクションであって、そのフィクションには共同性という制作者の印が焼きついている。非常につよい相関主義となれば、「もの自体」のようなものさえ存在しない。たとえば、われわれが林檎を現在まなざしているにせよ、その林檎の実体とよぶべきものはなくて、そのときにえられた知覚可能な要素の集合体のなかから実体らしきものを構成しているだけとなるだろうし、その構成の方法は社会のなかで、自覚的かそうでないかを問わず、われわれが学んできたものだ。その方法を一瞬でも忘却しえたとすれば、われわれはチャンドス卿が見た幻覚のようなものにおそわれることになるだろう、確固としたかたちを得ることないままに散らばりながら渦巻く無数の知覚の断片のただなかにいることを体験することになるだろう。

相関主義をしりぞけるためには、相関性にさきだつ存在者そしてその実在への直接の、ドイツ哲学のことばでは、無媒介の、アクセスを保証しなければならないことは、いまや、だれにでも容易に察しがつきうる。

相関性にさきだつ実体があるかどうかはわからない(この問いを発することさえも、つよい相関主義ならば、禁じられる) 、実体としてとらえられるものはすべて、ひとびとの共同性のなかで鍛治されてきた信念体系に依拠して思考されたものにすぎない、相関性を前提しなければ何かを思考することはありえない、と相関主義は言う。となると、相関性にさきだつ存在者を擁護するためには、その実在を思考されえないものがあり、なおかつそれは思考可能であるという、自己矛盾きわまりのない事柄を立証しなければならない。しかしながら、そうした、一見したところ、奇怪な言説を主張する思想がいままでなかったわけではない。この脈絡において、メイヤスーが古代の原子論に好意的に触れたことは理にかなっている。


思弁的であるとするあらゆる唯物論は、つまり、ある種の思考なき存在が絶対的実在であるとする唯物論は、同時に、思考は必然的ではない (何かが思考なしで存在しうる) 、かつ、思考は思考がないときに存在するはずのものを思考できる、という二点を是認しなければならない。それゆえ唯物論は、思弁的な道に進むのならば、与えられた実在を、それを思考しているという事実を除外して思考しうると認めなければならない。あらゆる唯物論のモデルであるエピクロス主義の場合もそうである。エピクロス主義では、思考は、空虚と原子の観念を介してあらゆる事物の絶対的本性へアクセスできるのであり、また、この本性は必ずしも思考の行為とは相関していない。なぜなら、思考は原子の偶然的複合で生じる (神々でさえも分解されうる) のであり、複合は元素的本性に対し非本質的であって、ゆえに、思考は偶然的にしか存在しないからだ。ところが、相関主義的な見方では、現実から、それがつねにすでに何かの存在者に与えられているという事実を除外することは思考不可能だ、と強制される。つまり、〈……に対してつねにすでに与えられているもの〉しか思考できないのであり、この贈与の受け手でありうる存在者なしで世界を思考することはできないのであり、要するにこの世界を一般的な意味で「思考」できる──つまり、世界を直観でき、それについて言うことができる──存在者なしで世界を思考することはできない。

(8)


原子論の場合、思考は、複数の原子が接合するという出来事と同時に発生することがありうるものであるから、偶然の産物であって、思考はつねに存在者より事後的である。つけくわえると、原子論のみならず、神は、それが完全なものである以上、思考されるか否かにかかわらず存在するというデカルト (René Descartes 1596-1650) による証明もここで留意すべきだろう、もっとも、この証明が「独断的形而上学」の立場からなされていることに関してはメイヤスーは批判的な態度を示している。 (8) 思考は事後的に発生するという原子論の教義によって、メイヤスーが口にする祖先以前性なるものの概観がわれわれのまえで明確になる。祖先以前性という術語は、思考が発生するよりまえの、原子としての存在者がただ実在するだけの状態への遡行を含意するのであって、その遡行が許されているのは、メイヤスーにとって、科学、とりわけ数学、だけである、思考の発生にさきだつ実在を思考することが数学には許されている (新奇な道筋をすすんでいるとは言え、科学に関してメイヤスーがここであつかっているのは、科学を疑似科学や宗教とから区別できるか否か、という科学哲学ではおなじみの問題の一種だろう) 。 (10)

原子論を対置することによって、あらわれる相関主義の特徴は、思考はそれをおこなう存在者と不可分であるということであって、思考することは思考する存在者の発生であり、同時に、思考する存在者の出現は思考の発生である。思考が現象するものを素材とする以上、それは自己についての意識と同義である。思考は自己という存在者を意識のうちに形成する営為であって、そこでは他者も意識に現象するものである以上、あらゆる存在者は思考なしではけしてあらわれることはない。

原子論においては、思考は、たとえば、原子としての存在者のあいだでの接触という行為ののちにあらわれることがあるものであって、能動的な行為の結果として見なしうる──このように考えることをすすめる思想としては、原子論のほかに、「ひとは悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しいのだ」という格率をもつプラグマティズムがある──、他方、相関主義は、思考なしでは存在者はないという原理を課せられているから、存在者を起点とする能動的な営為が起こしうる結果として思考をとらえることはできない、その結果、相関主義は思考を受動的営為として、認識として、限定せざるをえない、これがメイヤスーが主張する相関主義が自らに強いる制約である。 (11)

認識の立場のなかに自らを限定する相関主義の脆弱性は自然の斉一性という問題のあつかい方において露呈する、とメイヤスーは考える。この脆弱性は、簡潔に言えば、認識された──科学という脈絡においては「観察された」と言うべきであろうけれど──自然の斉一性の是非について相関主義は議論することはできるが、しかし、自然そのものの斉一性をうたがうこと、自然そのものが、あるときに、既存の法則とはまったくことなる別様のあり方に至る可能性、を視野の外においてしまうというものである。実在論者として一般には見なされるポパーでさえ自然そのものの斉一性をうたがいえなかったし、ゆえに、メイヤスーとはことなる方法とは言えど、この斉一性を自明のものとして見なさなかったラッセル (Bertrand Arthur William Russell 1872-1970) を誤解したまま、見当はずれの批判をしてきた。ラッセルはさておき、ポパーの反証可能性の理論は自然そのものの斉一性をしりぞけるものではなかったことをメイヤスーは指摘している。──「実際、反証可能性論は、自然法則が将来、何の理由もなしに変わりうると主張するものではなく、むしろ『たんに』、自然科学の諸理論は、まだ知られていない実験状況によってつねに反論される可能性がある、と主張することにその本質がある」。 (12)

反証可能性は、一万回、一京回、果ては一グーゴルプレックス回の実験がおこなわれ、毎回、その妥当性が確認された科学理論であっても、たとえば、実験機器の精度の向上によって、将来において否定されたり修正されたりする可能性をみとめる概念であって、ゆえに自然の斉一性の原理を拒絶するものとして知られているが、しかし、ここで拒絶された自然の斉一性は、メイヤスーが指摘するように、人間に観察された自然の姿においてあらわれるものでしかなくて、自然そのものの斉一性の是非をけして問うてはいない。ポパーがその斉一性を否定する自然は自然そのものではなくて科学者の心のなかで描かれた自然の似姿でしかない。

自然そのものの斉一性を否定する方向へと徹底的にすすみ、「自然法則が将来、何の理由もなしに変わりうる」と主張するまでに到達したメイヤスーにとっては、原子論どころか、この否定に先鞭をつけたヒューム (David Hume 1771-1776) を発端とする確率論的思考さえもものたりない。ボルツマン (Ludwig Eduard Boltzmann 1844-1906) 以降、確率論を導入することで革新をとげた熱力学を参照し、カオスを積極的に受容するドゥルーズ (Gilles Deleuze 1925-1995) とガタリ (Pierre-Félix Guattari 1930-1992) の理論もまた例外ではない。ドゥルーズ & ガタリが提示するカオスはメイヤスーが設定したカオスの基準をみたさない。自然法則の不定性に焦点をしぼることによってメイヤスーに見いだされた混沌 [カオス] は、ドゥルーズ & ガタリにおいて核となる概念、カオスのなかで発生し、はかなくゆらめくかのようにその形態を更新しつつ、かろうじてそれ自身を維持する局所的な秩序であるリトルネロを拒絶することがありうる。──「それほどまでにこの混沌は、意識と世界との相関性によって要請される最小限の秩序と連続性とを不可能にしてしまうものなのだから」。 (13)

リトルネロは熱力学の観点から解釈しうるし、それは、この観点から見ると、無秩序から秩序が発生する過程を説明する散逸構造として解釈してもおおよそ違和感のない概念である (しかしながら、熱力学の脈絡におくだけのこの概念の読解は一面的かつ不充分である) 。 (14) 散逸構造は熱力学の第二法則、エントロピー増大則、を前提としており、この第二法則、厳密に言えば、この法則があつかう確率論的な偶然、がメイヤスーの批判の射程内にある。

エントロピー増大則は以下のような事柄の経過を説明することができる。千個の二酸化炭素の分子 CO₂ からなるドライアイスがあるとせよ。このドライアイスを二十度程度の空気に触れる巨大な部屋に放置しておくと、ドライアイスを構成する二酸化炭素の分子の結合は崩壊しはじめて、最終的には、ドライアイスの個体はなくなり、この個体を構成していた分子は部屋のなかに四散してしまうだろう。これらの分子は、ながい時間を経れば、部屋にくまなく分散するはずだ。確率論の観点から、部屋を均等に分割して区域を設定したとすれば、各区域におおよそ均等に散らばることがもっともありうる、と考えられる。部屋を均等に六つの区画に分割し、それぞれの区画に 1 から 6 までの番号を順に割りふる。分子が各区域におおよそ均等に散らばることがもっともありうるという結論を誰でも直観的に把握するかもしれないけれど、ここでは、単純な、確率論的なモデルでその結論を立証することにする。一個の二酸化炭素分子につき、サイコロをふって、その分子が属する区域を決定される、その投擲は千回おこなわれるし、となると、先述の結論の妥当性はいまやあきらかである。

ドライアイスという一個の個体を形成する二酸化炭素分子の組織はいずれ崩壊し、最終状態では大気中におおよそ均等に散らばるという過程を記述する能力がエントロピー増大則にはあって、この能力によって、また、この法則が登場するよりまえに支配的だった力学的世界観、理論上、すべてを可逆過程としてあつかえるがゆえに初期状態と最終状態とが対称的である世界観では逃がすほかない不可逆の時間をあつかうことができる。エントロピー増大則にしたがう世界観では、初期状態と最終状態は、言うまでもなく、非対称である。──われわれにとっては親しみやすい、逆行することなく過去から未来へと流れる時間を科学が思考することができるようになってから、まだ二世紀もたっていない。

エントロピーは、数学の術語では、場合の数に基礎づけられたものである。部屋の仕切りがふえて、たとえば、区域が 6 から 12 になったとすれば、運動する二酸化炭素分子の行く先もまたふえることになるし、となると、エントロピーは増大する。これら分子の運動が大幅に制約されているドライアイスの状態が持続する低温がこの部屋の内部でたもたれているとすれば、部屋の仕切りを無限にふやしても、分子の行く先はひとつしかないのだから、エントロピーはこの部屋という枠内、熱力学の術語では、系、においては非常にちいさい状態にある。 (15)

エントロピー増大則を前提し、カオスのなかでの秩序の形成について語る散逸構造については、ここでは素描しない。以下の例を念頭におくだけで、エントロピー増大則そして散逸構造が依拠する確率論上の偶然に対するメイヤスーの不満が記述されている箇所を読解するには充分だろう。

先述の部屋は白く着色されており、ドライアイスを構成していた二酸化炭素分子は赤色に発光するものとせよ。これらの分子がひとつの区域に集中することはほとんどありえないが、しかし、そうなる可能性を確率論は排除しない。分子は、最初、区域 1 にかたまり、順に、2 、3、… とその行く先を変えていくこともまたありうるし、この場合、白色で統一された背景のなかで赤色の気塊が規則ただしく移動しているように見えるはずである。この赤色の気塊の規則ただしい移動という現象だけを見れば、何か隠された必然の法則があるにちがいない、と一般には推理されるだろうが、他方、確率論者は、これは偶然によって発生した秩序だ、サイコロの目が千度の投擲を経ても同じ結果を出した、それは最初は区域 1 を指し、そのあとは順番どおりの区域を分子の行く先として指した、すべては偶然あってのものである、というように、この移動を記述しうる (エントロピーがより増大するにつれて、分子の運動が選択しうる帰結も増加していく、換言すれば、分子の運動の総体がより複雑なかたちをそれ自身にあたえる可能性が生じる。無秩序の度合いが高まるにつれて、より複雑な秩序の発生が可能になるし、その発生は、無数の分子の運動が偶然にある形態を獲得した結果である以上、突発的なものでありうる。この理由ゆえに、生命という複雑な組織体は、奇跡的な確率とは言え、誕生する機会をえたのだ、と科学者は言うことができるし、また、国家のような複雑な統治形態が突然あらわれることもドゥルーズ & ガタリのように想定しうる) 。 (16) しかし、赤色の気塊の移動に必然性を見ることはもとより、確率論上の偶然に依拠することさえもメイヤスーは拒絶する。


こうした反論に対する思弁的な論駁に取りかかる前に、以上に対してよく知られた応答があるということを指摘しておかなければならない。その応答は、いかなる点において、私たちの世界が持続可能に存在していることがたんに偶然の結果でありうるのかを示そうとするものである。この応答の原理は、生命あるものが明らかに目的的な存在であることを説明するエピクロス派の原理と同じものだ。最も複雑な有機体の出現は、期待することはできるもののきわめて確率が低い結果として考えられる (たとえば、ある表面に文字をでたらめに投げて『イリアス』の書物ができる可能性に匹敵する) 。だがその結果は、十分に莫大な回数の試行ができさえすれば、偶然 [hasard] の法則には敵うものでもある。同じように、先の確率論者の反論に応答できるだろう。高度に秩序づけられた構造である私たちの世界は、カオス的なものが並外れた回数出現した結果であり、最終的に《私たちの宇宙》が安定化したのだ、という応答である。

しかしながら、私たちは必然論者の議論に対するこの回答に満足できない。理由は単純だ。つまり、この回答もまた自然法則の必然性を想定しているのである。偶然の概念自体も、不変の自然法則の条件下においてのみ思考可能なのだということを押さえておく必要がある。これはまさしくサイコロの投擲という範例が示している。偶然の帰結が形成されるのは、サイコロが投擲ごとに同じ構造を保つという条件、および投擲を実現する法則が一投ごとに変わらないという条件においてのみである。もし一投ごとに、サイコロが爆縮したり、球や平面になったり、その面を千に増やしたりしたら、どうだろうか。あるいは、一投ごとに重力の働きが止まってサイコロが飛び去ったり、逆に、地面の下に突き進んでいったりしたら、どうだろうか。そうなったら、いかなる偶然の帰結も確率計算も実現不可能になるだろう。だから、偶然というのもつねに、ある種の自然の変わらなさを想定しているのである。この偶然はそれ自体一種の自然法則でしかない、いわゆる非決定論と言われる自然法則だ──これは、自然法則の偶然性を考えさせるものではない。だから、エピクロスの場合でも、原子の動きのわずかな偶然的 [aléatoire] 偏向を示すクリナメンは、自然法則の不変性を前提としている。すなわち、原子の特定の形 (滑らかな原子や湾曲した原子などがある) 、その種類がどれだけあるか、これらの物理的単位の不可分な性質、空虚の存在など──これらすべてがクリナメンによって変化させられることは決してないのである。なぜなら、それらはクリナメンが作動する条件それ自体なのであるから。

(17)



確率論も原子論も、メイヤスーの観点から見ると、恒常的に安定した自然法則があるという確信を捨てきれていない。先ほど例示した赤色の気塊の規則ただしい移動について述べる確率論者は、たしかに、必然論者より偶然を尊重しているように見えるが、しかし、この場合、二酸化炭素分子の運動は依然として自然法則の拘束のもとにある、と彼らは期待してしまっているのであって、この事実は、メイヤスーにとっては、許容しうるものではけしてない。二酸化炭素分子が霧散したり、その複製を作り増殖していくということを彼らは想定しない (物理学の分子だけではなくて、エピクロスの原子もまた、言うまでもなく、例外ではない) 。このような状況は、物理学者にとっては、もちろん、荒唐無稽な空想の産物でしかないものの、これらは、自然そのものの斉一性は存在しないかもしれない、よって観察された自然ではなくて、自然そのものにそなわる法則は不定であるかもしれない、という懐疑を提示する思考実験としてわりきって受容するべきだろう。

この懐疑をみとめたうえで、物理学者はメイヤスーに対してつぎのように言うかもしれない、「いかにも、われわれは観察によって確認されたかぎりでの自然法則にしたがった運動をおこなうことを分子に期待している。これらの法則がある日突然に変わらないとは言えないが、しかし、変わったとしても、そのあと、分子の運動がとりうる道筋の分岐の仕方を変更すればよいではないか?分子の運動の道筋に新たな分岐路がくわわったとしても、人類の生存を無に帰す事柄に結果しないかぎり、すなわち、われわれが生きて研究が可能であるかぎり、既存の科学理論の大幅な修正を強いることがありえ、その修正は手間のかかる大仕事だろうけれど、この法則の変化に科学は追随することができるということは誰にも否定することはできないだろう」、と。この分岐路の追加の結果、えることができる分子の運動の可能性はすでに数えあげられた可能性であり、これもまた、メイヤスーにとっては、許容されうるものではない。仮に全知の神がいるとして、彼がこれから生じるだろう自然法則の変化をふくめて分子の運動の道筋をすべて数えあげた可能性の全体があったとしても、これをメイヤスーはしりぞける。その全体を超えて何ものかが到来しうる。──「他の何かが到来し、それは、すでに数え上げられたあらゆる可能性から逃がれて、ありそうもないことも含めてすべてが予見可能である賭博の、その虚しさに終止符を打つのだ」。 (18)

メイヤスーによる科学の擁護の特殊性は、ここで、おおよそあきらかになる。現代科学はその基礎を確率論、厳密に言えば、統計学、にもとめるし、そのこと自体をメイヤスーはとがめているのではない。確率論をそのまま受容してはならない、確率論に、全知の神、すなわち、すべての可能性が数えあげられた全体性という観念、が混入することを絶対に回避しなくてはならないということがこの特殊性の核心である。その全体性を超える何ものかが到来する余地を保持することによって、確率論上の偶然よりも純粋な偶然を留意し、思考することが可能となる。

この何ものかの到来を予告するものが、カントール (Georg Ferdinand Ludwig Philipp Cantor 1845ー1918) が集合論において到達した成果にある、とメイヤスーは言う (ここで、数学に、ほかの諸科学よりぬきんでた特権性が賦与される) 。しかし、そのとき、メイヤスーは彼とおなじく自然そのものの斉一性をうたがったラッセルに懐疑の深度において追いぬかれてしまうことになる。ラッセルは、自然の斉一性への信頼は無限の実在へのむじゃきな確信に裏づけられていることを暴露したのであって、この確信は自然の斉一性のたよりなさを指摘するメイヤスーにさえも潜在しているし、それなしでは彼が発見した偶然以上の偶然もまた存在しえない。そして、意図を超えて、相関主義とはことなる経路で、宗教への回帰へとつづく別の扉を彼はひらくことになる。

(続)




(1) ソシュールが彼の言語学を数学にならって形式化 (公理化) する意図をもっていたことはたしかであるが、しかし、彼が参照していた数学の形式主義は、その時代を考慮すれば、ペアノ (Giuseppe Peano 1858-1932) によるものだろう。──「ソシュールは、数学の公理論 (axiomatique) をモデルにして、言語学を形式的な科学へと練りあげることを、つねに夢みていたのである」 (立川健二 『《力》の思想家ソシュール』 書肆風の薔薇 p. 200) 。

(2) クロード・レヴィ=ストロース 三保元訳 『はるかなる視線 1』 みすず書房 p. 78-79

(3) カンタン・メイヤスー 千葉雅也、大橋完太郎、星野太訳 『有限性の後で』 人文書院 p. 16

(4) 同上 p. 43

(5) 「相関主義的科学哲学」という語が主として指示しているのはクーン (Thomas Samuel Kuhn 1922-1996) のパラダイム理論であり、その「原型のひとつ」はクワイン (Willard van Orman Quine 1908-2000) の思想、とりわけ論理実証主義に対しての決定的な批判として知られている論文『経験主義のふたつのドグマ』、のうちにある。


経験主義者として、私は、科学という概念図式が、究極のところ、過去の経験をもとに未来を予測するための道具であると考えることをやめはしない。物理的対象は、便利な仲介物としてこの場面に概念上導入されたものである–それも、経験から定義されるものとしてではなく、認識論的にホメーロスの神々と比べられるような、還元されえない措定物として導入されるのである。私自身は、素人の物理学者として、物理的対象の存在を信じ、ホメーロスの神々の存在を信じない。また、それとは逆の信じ方をするのは、科学的に誤りであると考える。しかし、認識論的身分の点では、物理的対象と神々とのあいだには程度の差があるだけであって、両者は種類を異にするのではない。どちらのたぐいの存在者も、文化的措定物としてのみ、われわれの考え方のなかに登場するのである。物理的対象の神話が多くの神話よりも認識論的に優れているのは、経験の流れのなかに扱いやすい構造を見いだす手だてとして、それが他の神話よりも効率がよいことがわかっているためである。

W. V. O. クワイン 飯田隆訳 「経験主義のふたつのドグマ」、『論理的観点から』 勁草書房、 p. 66


ここでクーンではなくてクワインを、基礎はおなじとは言え、ことなる部分も両者のあいだにすくなからずあるにもかかわらず、えらんだのは、科学と宗教とを同列にあつかうというメイヤスーが敵視する相関主義の特徴のひとつが、うえの引用を見てのとおり、後者により明確にあらわれていることによる。

つけくわえると、パラダイム理論それ自体はさまざまな批判にさらされてきた結果、ポパーとの論争を経るなかで獲得した往時の優勢をうしなっているものの、その後にあらわれてきた科学哲学の主要な理論、たとえば、社会構築主義、にも相関主義的な傾向があることを見ることができるし、他方、相関主義、換言すれば、反実在論、に対抗する実在論の側はやや劣勢であるよう私には思われる。社会構築主義が英米の言語哲学のみならずフーコー (Michel Foucault 1926-1984) の影響下にもあることを留意すると、これと対立する立場にあるメイヤスーを「ポストモダニズム」と形容することは浅慮がなす業であるし、厳密には、彼の理論は、フランス・ポストモダニズムに内在しながらも、なされたそれに対する批判として見てとるべきだろう。なお、メイヤスーと同じく思弁的実在論の代表的論者として見なされているラトゥール (Bruno Latour 1947-) は、もとはと言えば、社会構築主義の側に属していた。

(6) 相関主義において科学が宗教と平等にあつかわれてしまう理由の分析に関しては、メイヤスーは、実のところ、私が与えた説明とはことなる箇所に重心をおいている (メイヤスーが相関主義を標的とする理由を、英米の言語哲学の術語をもちいて、べつの角度から私が語りなおしたのは、いわゆる大陸系哲学になじみのない読者への配慮ゆえであるが、しかし、それだけではなくて、宗教にかかわるメイヤスーの相関主義批判には弱いところがあるだろう、と推察したからである) 。その箇所は「絶対者」、たとえばキリスト教という信念体系においては唯一神を指すもの、に対する相関主義の姿勢であって、「絶対者」を思考することを相関主義が禁止しているからこそ、この思想の枠内では、それは信仰の対象として温存されたままになるという逆説を彼は提示している。──「いまや、思考不可能なものは私たちに対し、他なる思考はできないという私たちの不能性のみを突きつけるのであり、思考不可能なそれが他なるしかたで存在することの絶対的な不可能性を突きつけるのだ」 (『有限性の後で』 p. 80) 。

相関性をこえた存在者は、思考が相関性なしではありえない以上、言うまでもなく、思考不可能であって、その存在者が合理的な方法で立証できるかどうか、という問いはありえなくなる。そう言うとき、メイヤスーが斟酌しているのは、おそらく、偶像崇拝を否定し、絶対者の表象不可能性を説くユダヤ教とその色彩が濃いレヴィナス (Emmanuel Levinas 1906-1995) の哲学であろうが、しかし、神を否定するかに見えて神を温存してしまう相関主義の特徴の告発の仕方としては、特殊な仮想敵を念頭においており、批判としては局所的効力しかもたないよう私には思える (さきの引用文にさきだって隣接する箇所では「全き他者」というレヴィナスの術語がある) 。この批判のどこがまずいのだろうか?

このメイヤスーの主張を、なじみのものとなったことばで語りなおせば、複数の信念体系のなかに科学のように支持者の数において比較的優勢なものがあったとしても、ほかの信念体系の存立にはかかわりのないことであって、宗教という信念体系における「絶対者」、すなわち神、の地位はゆるぎない。この場合、絶対者は、それが信じられている信念体系においてのみ、この体系を構成する規則にしたがって、合理的に正当化されることがありうる、それは限定された範囲内で思考可能であってよい。複数の信念体系を包括し、超越する相関主義的立場から見れば、たしかに、絶対者は思考不可能であるが、しかし信念体系の内部ではそうではないことがありうる (ここでの「相関主義的立場」と「信念体系の内部」はそれぞれ、カントの政治学の脈絡では、「公的」な視点と「私的」な視点とよばれるだろう) 。

絶対者が思考可能であるにせよ、そのためにもちいられる論理としては、われわれの常識からかけはなれた、たとえばフィクションのなかの異星人の共同体や独特の教義があるカルトにおいて通用するものが想像されるかもしれないが、しかし、それほどかけ離れていない場合もある。たとえば、超能力が信じられている信念体系では、超能力者が絶対者であって、その実在は疑似科学によって証明されがちだろう。

視点、メイヤスーが相関主義の特徴のひとつとして喝破したもの、のおき方によっては、相関主義においても、絶対者が思考可能であることは許される。もちろん、このような考えをとった場合でも、神を思考不可能なものとして追放したと一般には見なされている相関主義は、実のところ、神を許し、宗教への回帰をもたらした思想である、というメイヤスーの主張の基礎を損なうことには至らない。

(7) メイヤスーの思弁的実在論を語るにあたって、科学哲学を私がたびたび参照するのは、それが現代の哲学における実在論対反実在論 (相関主義) の主戦場であること、そして科学哲学においてひとつの指標となる仕事をしたラトゥールが思弁的実在論に関与していることを留意した結果である。

(8) 『有限性の後で』 p. 67-68

(9) デカルトによる神の存在論的証明は、始原において、すくなくともひとつの存在者がなければならない、と主張するものとして見なしうる。私は、私があやまることがありうる以上、不完全である、あやまるということは完全性に照らしあわせることなくしては言いえない、真理に至ったのか真理から遠ざかったのか、完全性なくしては言いえない、完全なものはその完全性によって存在するにちがいない、その完全なものが神である (完全なものとしての神が自己の不完全性の自覚によって要求されることを、実のところ、メイヤスーは言及してはいないから、その箇所は私が独自にくわえた補足である) 。この主張に、実体が相関性および相関性に基礎づけられた思考に先行することを擁護するためには、基本的には同意すればよいように思われるが、しかし、それは理由律を保持しているがゆえに、簡潔に言えば、神が存在することが神に由来する、あるいは神が創造したすべての事物の存在を必然的なものとして保証することに帰結するがゆえに、メイヤスーには許容できるものではない、理由律に裏づけられているからこそ、独断的形而上学を彼は拒絶しなければならない。──「あらゆる独断的形而上学が〈少なくともひとつの存在者が絶対的に必然的である〉というテーゼ (実在的必然性のテーゼ)で特徴づけられるとすれば、おわかりのように、形而上学は、〈すべての存在者は絶対的に必然的である〉というテーゼに極まるのだ (理由律) 。逆に、独断的形而上学の棄却は、あらゆる実在的必然性の棄却を意味する」。 (『有限性の後で』 p. 62)

相関性に先行して実体があるということを正当化するだけの理論では、原子論もふくめて、メイヤスーにとって、まだ不充分であって、それらの理論より先へと彼はすすむ。何かが存在することに必然的理由があることを彼はけして受容しない。

となると、相関主義を棄てて、メイヤスーがたどりつく領域においては、あらゆるものは何の理由もなく存在するのでなければならない、と考えられるかもしれないし、そう彼が述べているかのように見える箇所もあるが、しかし、おそらく、事物は何の理由もなく存在するという命題は、それが独断にしか見えないということから、形而上学から独断を排除し、形而上学的ではない思弁を模索するという戦略をとるメイヤスーにとって受容可能なものではない。実際に彼が選択した手段は、事物の実在の必然性を説く理由、たとえば、物理法則、が不定であることの論証のこころみであって、そのために自然そのものの斉一性を疑うヒュームの懐疑を原子論への言及よりのちの部分でとりあげ、観察された自然の像のなかで反復を確認できる事象のみに物理法則は適用されるのであって、自然そのものは物理法則をはずれた運動をおこなうかもしれない、理論としての自然法則ではなくて、自然そのものに内在するものとしての自然法則が変わるかもしれない、という可能性を示す (もっとも、自然法則がある時点で変わる可能性があって、それは神の気まぐれ次第では実現する、とデカルトは想定していたが) 。

自然法則そのものの安定性への盲目的な信頼がそのうちに潜在するがゆえに、原子論を拒絶したあと、メイヤスーがとる立場は、簡潔に言えば、相関性に先行して実体があるかもしれないし、ないかもしれない、と言うのも、その実体が必然的に存在することを裏づける自然法則は不定であるからだ、ということになる。他方、相関性に先行して何の理由もなく存在するものが相関主義には必要であることをヒルベルトの形式主義はうったえる。この「何の理由もなく存在するもの」は、数学の術語では、無定義術語あるいは原始概念とよばれる。形式主義の究極の基礎には独断がある、と彌永昌吉 (1906-2006) は指摘した。

つけくわえると、無定義術語は公理に先行して存在するものであり、それ自体は公理化されないものである。それは、自然法則を、現代の物理学の作法にしたがって、公理系に組みこまれるものとして見なすならば、いかなる法則にも先行する存在者である。無定義術語は、日本の現代思想のことばでは、形式化の限界としてその位置をさだめられる。形式化の限界は、『探求 1 』よりまえの柄谷行人 (1941-) の他者論の脈絡では、自己言及の不可能性を指し、この不可能性につきあたった地点において他者が問われることになる。自己言及の不可能性ということばを使用するとき、柄谷の念頭にあるのはゲーデル (Kurt Gödel 1906-1978) の不完全性定理であるが、しかし、この定理は自己言及をゲーデル数という着想によって可能としたから成立するのであって、となると、柄谷はまったく見当はずれのことを主張していたことになる。不完全性定理を喩えとして採用するにしても、自己言及が可能となる道筋を論理的思考は発見しうるというような意味で使用することが理にかなっているだろう。不完全性定理はヒルベルトの形式主義をふくむ数学基礎論の延長線上でなされた仕事であるから、そこでも形式化の限界が無定義術語であることにはかわりない。

(10) この問題に主としてとりくむ科学哲学者としては、日本には、伊勢田哲治 (1968-) がいる。

(11) ここで引用文とは若干ことなる表現をもちいて説明をおこなっている理由のひとつは、現象学、おそらく、マリオン (Jean-Luc Marion 1946-) の哲学、が流通する範囲内で通用する隠語、「贈与」など、をその文においてメイヤスーが採用しており、これらの隠語の不必要な使用は読者の理解のさまたげになるだろう、と考えたことにある。隠語の使用をここで私は非難しているのではなくて、これらの隠語には、実のところ、私が与えた説明以上の意義があるが、しかし、その意義をメイヤスーが理解しているようには思えなかったために、それらの使用は必要ない、と判断した。

メイヤスーによる現象学に対する批判からマリオンを弁護する必要があるだろうが、しかし、それは本稿の主旨にはないことで、機会をあらためておこなうか、現象学側からの反批判の行動に期待することにする。

また、相関主義が受動的な認識の立場に自らを限定する特徴があるという主張それ自体はあたらしいものではないだろう。これに類似する主張が、日本では、木村敏 (1931-) によってなされている、ただし、その特徴を構造主義以降のフランス現代思想に共通するものとして彼は見なしていて、これは主知主義の伝統に属するものだ、と言う。そして、認識に限定されることなく行為や出来事を起点とする立場も哲学には存在しており、これを主意主義と木村はよぶ (木村は彼自身を主意主義に属するとして見なしているけれど、彼が、忠実ではないとは言え、現象学を理論の基礎としていることに留意すべきだろう) 。以下に示す説明は非常に図式的であるが、しかし、これが註釈である以上、簡潔さを重視しなければならないという理由による。

ショーペンハウアー (Arthur Schopenhauer 1788-1860) であれば、主知主義を表象の世界にかかわる哲学、そして主意主義を意志の世界にかかわる哲学とよぶだろう。ショーペンハウアーの影響下にありながらも、意志の世界なしで、表象の世界のみで哲学を論じうるか、という課題の結果、書かれた著作が、『有限性の後で』において、つよい相関主義の典型としてあげられているウィトゲンシュタイン (Ludwig Josef Johann Wittgenstein 1889-1951) の『論理哲学論考』であるから、これにメイヤスーの批判の矛先がむかったのはもっともなことである。

哲学のなかには、主知主義とも主意主義とも分類しがたいものがあって、たとえば、ウィリアム・ジェイムズ (William James 1842-1910) は、私にとっては、どちらに属するかわからないものであるし、また、両者が分離しつつ並存しているかのように見えるものもあって、それはカントの批判哲学である。主知主義にかたむく著作が『純粋理性批判』であり、他方、主意主義にかたむく著作が『実践理性批判』である。この並立には両者の結節点があるかもしれない。その結節点の所在の手がかりは、これは私の憶測ではあるものの、ヒルベルトの形式主義にある。この点はこの論考であきらかになる。

(12) 『有限性の後で』 p. 142

(13) 同上 p. 164

この引用箇所でメイヤスーが仮想敵として明白に留意しているのはヒュームとヒュームを発端とする確率論的思考であるが、しかし、「混沌」という語を彼がそこにしのばせている以上、ヒューム以外にも仮想敵はおり、それはドゥルーズ & ガタリであることがもっとも妥当であるよう思われる。このように考えても、ドゥルーズに対する批判めいたことばを、実際に、別の箇所でメイヤスーが披露していることから、不都合はないだろう。

(14) ドゥルーズ & ガタリの著作においては、彼らが以下の科学の成果を理解したうえで駆使しているのかどうか、という疑問はここではおくとして、熱力学のみならず数学の位相もまた重要な役割をになっている。ドゥルーズが構造主義批判を提起したのは構造主義が代数構造だけに依拠していることが理由のひとつであって、その批判は代数構造のみならず位相構造への着目もまたうったえていることに意義がある。ドゥルーズの位相へのこだわりはガタリとの協同作業以降でも持続しており、位相から得たとおぼしき着想はこの二者がともにつくった、リトルネロをふくむ、いくつかの概念にも混入している。

熱力学の観点からのみリトルネロを読解することには問題がある (つけくわえると、『ニーチェと哲学』のなかでドゥルーズが熱力学への批判をおこなったことをとりあげても、ここでは、意味をなさない。その書物で批判されている熱力学はエネルギーの質を無視し徹底的に量としてあつかうことに至る熱力学の第一法則、一般的にはエネルギー保存則として知られているもの、であって、第二法則、エントロピー増大則とそれを前提にする散逸構造はその批判の射程にはない) 。この場合、リトルネロは、熱力学の術語では、散逸構造に基礎づけられた概念として解釈されることになるし、実際に、散逸構造を通俗的に図式化したものがドゥルーズに関する書物において散見されるが、しかし、散逸構造の確立におおきく貢献したプリゴジン (Ilya Prigogine 1917-2003) にとっては、ドゥルーズが批判してやまない、アリストテレス (Aristotle 384-322 BC) の形而上学において鍵となる形相因はこの理論を先駆する着想である。質料因と形相因という二元論的概念で動的形態を分析し記述しようとアリストテレスがこころみるのに対して、ドゥルーズ & ガタリは質料のみで動的形態を描出する理論を示して、反駁をおこなったのだから、散逸構造を、何も手をくわえずに、あるいはアリストテレスに譲歩することなしに、そのままで、リトルネロの基礎として導入することはできないはずであるが、しかし、この点はすくなくとも日本国内のドゥルーズ研究者のあいだではまともに考慮されたことはないだろう。

また、散逸構造を不用意にもちいる、そういった研究者は、彼らがアリストテレスへ接近しているのみならず、もっとも嫌悪しているヘーゲル (Georg Wilhelm Friedrich Hegel 1770-1831) へと接近していることにも気づいていない。ヘーゲルは、プリゴジンにとって、アリストテレスにおとらぬほど重要な哲学者であって、その理由は彼が、エントロピー増大則の発見よりまえに、静的な力学的世界観が前提する可逆過程をうたがい、量としてではなく質としてのエネルギーを擁護することを経て、主として哲学的思弁の範囲内とは言え、散逸構造のようなものに独力で接近しようとしたからにほかならない。ヘーゲルの哲学の静的性格を告発し、他方、散逸構造もどきをもって動的なドゥルーズを称揚するという滑稽かつ陳腐な筋書きが、反ヘーゲルを標榜するドゥルーズ研究者、たとえば、宇野邦一 (1948-) 、の著作に見ることができるのであるけれど、それもまたヘーゲルの哲学の変奏のひとつでしかない、と言うことができるだろう。

形相因を排除し質料因だけによって事物の変化を記述するのに都合のよい方法を位相は提供する。以下の例は変化そのものをあつかうのではなくて、この変化を断片に解体しているのみという点できわめて不充分であるし、このような単純な手法をドゥルーズは採用していないにせよ、しかし、事物の変化を説明する際に、形相因の排除をいかにしておこないうるか、と考えるための手がかりにはなるだろう。

脚を質料として、それによってなされる歩行を形相として見なすという、よく知られた例がある。ここで、ドーナツとマグカップは、位相の観点から見れば、おなじかたちのようなものであるという、これもまたおなじみの事柄を留意する必要がある。ドーナツもマグカップも、この場合、数学の術語では、集合であって、ドーナツの写像がマグカップであり、その逆もまた真である。位相の観点から見れば、歩行という運動においてさまざまな形態に変化する脚は直立した状態のその脚の分身、写像、として見なすことができる (脚を、言うまでもなく、集合として見なせば、歩行中にその脚が見せるさまざまな形態は直立した状態の脚という集合の写像である) 。ここまでで歩行という運動において変形する脚を断片的に把握しただけであるとは言え、この運動の説明は形相因に依拠してはいない。

(15) 厳密に言えば、ひとつの系であるこの部屋だけをあつかう場合についてエントロピー増大則は成立しない。この法則は、熱力学の術語では、部屋とその外部、環境、との総和である世界について適当である。

系である部屋には非常に強力な冷房装置が設置されており、その装置にエネルギーを供給する発電所が環境である部屋の外部にあるとせよ。二酸化炭素の気塊を冷却し、固体化させれば、部屋の内部のエントロピーは低下したことになるが、他方、部屋の外部では、冷房に必要なエネルギーを供給するためにはたらいている発電所の蒸気機関が熱を排出しており、その結果、環境のエントロピーは上昇する。この総和は上昇するように方向づけられている。系のエントロピーと環境のエントロピーの総和、すなわち、世界のエントロピー、は上昇することをエントロピー増大則は告げている。世界のエントロピーが増大する方向が物理学において未来とよばれる。

(16) ここで記述された分子の運動をドゥルーズ & ガタリが「アレンジメント」と名づけたものの原型として見なしうる。自然全体の傾向としては、エントロピー増大則により、すべての分子の運動はその無秩序を増す方向へとすすむが、しかし、この無秩序が増大すればするほど、ますます複雑な秩序の発生が可能となる (エントロピーが表現する場合の数は分子の運動がとりうる帰結だけではなくて、分子の配列の仕方も斟酌している) 。アレンジメントは、これらの分子のように多様な欲望によって多様な行動の向きをもつ集団のなかの個人たちと彼らのなかで偶発的に発生する事態を説明するためにもちいられがちな概念である。ある集団に属する個人の行動をうながす欲望が多様であればあるほど、この集団のまとまりはより絶望的である、と考えることは一面的であって、そのとき、同時に、この集団は複雑な秩序のかたちを自らにあたえる機会を獲得したということも留意しなければならない。集団のなかで秩序が発生したのであれば、その発生は、エントロピー増大則という自然の傾向を前提しているものの、それに抵抗しているのだから自然にしたがってはいないし、集団のなかでうごめく多様な欲望を前提してはいるものの、それらが直接に関与しているものではなくて、多様な欲望のうごめきから偶然にあらわれたものであるから、自発的ではない。

いまや、われわれはアレンジメントという概念を物理学の観点から見なおすことによって、おそらく数おおくのドゥルーズ研究者があたえるものよりも精密なその見取り図をえた。ドゥルーズ研究者が提示するアレンジメントの描像は以下のようにあまりに解像度があらすぎてその仕組みを見通せないものになりがちである。


「アレンジメント (agencement)」とはドゥルーズ = ガタリが『千のプラトー』 (一九八〇年) で採用した言葉である。これは複数の要素が組み合わさって (agencer) 、一定のまとまりをもったエージェント (agent) として作動するさまを指示するために使われている。民衆の欲望のアレンジメントは、まさしく様々な要因によって決定されているのであって、「自然」なものでも「自発的」なものでもない。ならば、或る特定の欲望のアレンジメントがあって、それが特定の権力様式を発生させる、と考えねばならない。

(國分功一郎 『ドゥルーズの哲学原理』 岩波現代全書 p. 215)


もちろん、アレンジメントをふくむドゥルーズ & ガタリの諸概念を熱力学の観点からのみ見て理解することはまちがいではないものの、先述したように (注 13 を参照せよ) 、質料と形相という二元論を完全には排除できないという問題をかかえることになるので、別の観点からも、同時にこれらの概念を把握する必要がある。うえの引用文は國分功一郎 (1974-) がフーコーの背景にある二元論の使用を批判する過程におかれたものであるから、非常に好意的に読めば、そのことに彼は自覚的であって、熱力学とは無縁のアレンジメントの解釈を所有しているとも考えられるが、しかし、残念ながら、当該の著書で披露されている解釈にはうえの引用文から逸脱する箇所はまったくなくて、日本国内のドゥルーズ研究ではめずらしくない、非常に曖昧なかたちで図式化された熱力学よりの解釈の範囲内をでない。

(17) 『有限性の後で』 p. 164-166

(18) 同上 p. 181


参考文献
ピーター・アトキンス 『万物を駆動する四つの法則 - 科学の基本、熱力学を究める』 早川書房
アラン・バディウ 『哲学宣言』 藤原書店
イリヤ・プリゴジン 『確実性の終焉 - 時間と量子論、二つのパラドクスの解決』 みすず書房
イリヤ・プリゴジン、 イザベル・スタンジェール 『混沌からの秩序』 みすず書房 amazon affiliate
コンスタンス・リード 『ヒルベルト - 現代数学の巨峰』 岩波現代文庫
伊勢田哲治 『疑似科学と科学の哲学』 名古屋大学出版会
彌永昌吉、赤摂也 『公理と証明』 ちくま学芸文庫
宇野邦一 『ドゥルーズ 群れと結晶』 河出ブックス
木村敏 『分裂病と他者』 ちくま学芸文庫
田崎晴明 『統計力学 I』 培風館
戸田山和久 『科学哲学の冒険 - サイエンスの目的と方法をさぐる』 NHK ブックス amazon affiliate
野矢啓一 『科学の解釈学』 講談社学術文庫

* 冒頭に掲げた文は以下より引用した。
松岡和子訳 『シェイクスピア全集 (15) お気に召すまま』 ちくま文庫