ララビアータ:キルケゴールにおける「惑わし」
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無限の力能があるはずの神が彼自身とひき較べ無力な人間に嫉妬するというのは、たしかに、不思議な話であり、嫉妬する神を想定せざるをえなかったキルケゴール (Søren Aaby Kierkegaard 1813-55) に対し田島正樹が困惑の態度を示したことは、一見したところ、理に適っているよう思われるが、しかしキルケゴールの哲学が抵抗すべき主な相手として見なしており、その諸概念を斟酌していたものの姿を知れば、この想定は必然であったし、となれば、ひとに嫉妬するという「支離滅裂な役割を神に与えてしまった」キルケゴールの解釈はおかしく、それゆえに、この解釈は文字通りに読むべきではなくて、神即ち自然がもたらす人知を超えた不条理な出来事のしるしだ、と田島のように主張することは性急な試みとなるだろう。疑いなく、嫉妬は神という全能者が無力な者に対して持ちうる感情ではけっしてない、しかし全能者がひとに等しく無力でもあるならば、彼が嫉妬したとしても問題はなく、そして、事実、神が無限の力能を持つこととひとに等しく無力であることが両立することを導出しうる論理があったし、それは何かといえば当時主流のヘーゲル解釈における自由の概念だった。この概念は、実のところ、キルケゴールの生涯の敵手であるものの、そのうちに神にかかわる彼の解釈の「支離滅裂」具合の理由があるように私には思われる。

その自由の概念に、キルケゴールと世代を同じくし、ヘーゲルの影響下にあった共産主義者、モーゼス・ヘス (Moses Hess 1812-1875) がブランキ派ともいえるヴァイトリング ( Wilhelm Weitling 1808-1871) を批判する場面をあげて、簡潔な説明を与えている箇所が『マルクスと批判者群像』という書物にある (引用文のなかでは Weitling は「ワイトリング」と表記されている) 。


ヘスは、ワイトリングとちがって、スピノザやヘーゲルの自由論に精通していたから、自由ということばに自己規定という内容をもたせていたのである。つまり自由というのは他からの強制や拘束を離れて気ままに行動することではない。自分という人間もまたたしかに必然的因果の鎖につながれているかもしれない。あるいは個人としての自分はなんらかの社会的拘束性のなかにとらえられているかもしれない。しかし、たとえそうであっても、たとえ歴史がそれ自体としては必然的に生じているとしても、それが「われわれをとおして」遂行されるならば、われわれは自由なのである。そのばあいにはわれわれにとって歴史はたんに外からあたえられた自然的規定性としてあるのではなく、まさにわれわれの自己規定としてあるのだから。もちろん、身動きできない必然性の鎖にとらえられながら、なおかつ自律的でありうるのは、自分が考えることによって生きていく人間として自覚的な存在だからである。考える自我として、知的な自己意識として周囲の世界を自分のなかにとりこんでいくことができるからである。これはすぐれて観念論的な伝承なのである。

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この自由の概念に少し変わった方向から接近すれば、どうなるであろうか?神が定めた必然性の法則があり、ひとの行為は、彼彼女の意図を超えて、その諸法則につねに従うことは神の無限の力能から導出しうる、他方神が定めた必然性の法則は、ひとの行為でもって顕れるほかなく、となれば、神はその無限の力能を示すためにひとの行為に依拠することを強いられており、行為がなされるとき、神はひとと同じ立場にあるといえるのではなかろうか?それゆえに神もまたひとともに行為の結果に裏切られうるのではないか?ひとに恩寵を与えること過度となり、その結果が神の想定を超え、彼彼女への嫉妬に及んだとしても、それは神が無限の力能を持つことを否定しない、と解釈しうる。ただし、私が両立としたものを矛盾として把握すれば、別の問題圏にわれわれは踏みいることになるだろうが。

両立としてこの議論をすすめれば、あらわになるのは、神のなすことの不条理と田島が解した箇所の二重のニュアンスである。ひとの行為はすべて神の力に従い必然的であることとその行為はひとのみならず神にとっても偶然的であることが両立するとすれば、この箇所は偶然性の不条理のみ含意しているのではなく、偶然の出来事が必然的な神の力の顕れでもあることを斟酌する、ということができる。偶然性と必然性とをともに正当化するこのニュアンスが田島が不条理と名指したものの正体であろう。この二重性にわれわれは非常にいかがわしいものを感じまいか?このいかがわしさにキルケゴールは気づいていたのではなかろうか?彼が旧約聖書の記述のうえにその自由の概念を重ねて見ていたとすれば、「惑わし」はそのいかがわしさそのものにかかわるとまではいえないとしても、それと近接した領域を問うた結果ではないか?自由へと到達する弁証法の実践は彼にとって恋愛から結婚への移行であり、その移行への逡巡とその断念が彼の思想の骨格をなしたのではなかったか?

古い時代のヘーゲル哲学における自由の概念の二重性に私が気づいたのは、バディウ (Alain Badiou 1937-) の書物を読んでいたときだった。以下はバディウが語ったことではなく、私の憶測にすぎない、そして、もはや、田島の文からは随分と離れたものであろう。

すべてが根拠なき偶然だとしても、その事実は神が定めた必然性の法則を侵すことはなく、ならばその必然性の法則に即した体系的哲学は可能だ、とバディウは主張しているよう私には思われる。そしてこの主張は古めかしい観念論的ヘーゲル像の変形ではなかろうか?だから私はバディウのことばに触れるたびにキルケゴールの逡巡を想起する。







(1) 良知力 『マルクスと批判者群像』 平凡社 1971年 p. 66-67 Affiliate Link